お知らせ(新たな気持ちで…)

2011年3月11日…

東北・関東を襲った未曾有と言われる大地震は
今も尚、復興の見通しさえ立たぬまま3週間が過ぎようとしています。

Kenさんの故郷である石巻の
地震と津波による被害の甚大さを見るにつけ
一昨年の秋、日和山から見た穏やかな風景を思い出し
今の、この変わり果てた街の様子に言葉もありません。

そんな節目ともいえる時期に
Kenさんの単身赴任による二重生活が、やっと終わることになりました。

今日から新しい職場へ向かう夫の後姿を見送りながら
私も再び、このブログを書き始めようという気持ちになりました。

以前と同じように書くことができるのか
まったく違ったものになるのかわかりませんが
新たな気持ちで
日々の生活を書き留めていけたらいいなぁと思っています。

by Mary

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2011年4月13日 (水)

日常の変化…

長い二重生活が終わって半月が過ぎる。
8年もの間、平日はそれぞれの生活を、週末は二人での生活を楽しんでいた。
さみしいと思うことも多かったけれど、お互いにその過ごし方がすっかり身についてしまっていたようだ。

今月に入り、Kenさんの生活に合わせて毎朝6時に起きている。一緒に起きなくても、一人でご飯を食べ出勤して行くのだけれど、私の方が目が覚めてしまう。長い夫婦生活でも、こんなに早起きをするのは新婚の時以来だ。

おまけに、赴任先から持ち帰った荷物が思いのほか多くて、先ずは自宅の荷物から整理をして…ということになり、物を仕舞うために家の中をうろうろして、結局時間ばかりが掛かってしまい夕方には疲れてしまう毎日…。
とはいえ、今日になって、やっとダンボール2箱ほどが残るだけになったので、今週末には片づけを終わりたいと思っている。

それにしても、パソコンの前に座って、ゆっくりと何かをするということができなくなり、ちょっとしたストレスを感じる。
来週からは、もう少し余裕を持って暮らしたいと思っている。一ヶ月前からやりかけたままになっている事も仕上げたい。

久しぶりの長い通勤時間と電車の混雑に、Kenさんもお疲れの様子…。
それに加えて、毎日数回くり返される余震で、気持ちが休まる時がないので、二人とも疲れてしまったね…。

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2011年4月 2日 (土)

荷物を出して…

まだ薄暗い早朝、長い間Kenさんが一人で暮らしたアパートへ向かった。
午前中に荷造りを終え、午後から荷物を出し、不動産屋さんへの引渡しも済み、全てが終わったのは夕方になっていた。

埼玉北部のこの地に転勤になった時、Kenさんの定年まで7年もなかったので、こんなに長く住み続けるようになるとは思っていなかった。還暦も過ぎているので、そろそろ退職する時期かな?と思い始めた矢先の転勤の辞令だった。

Kenさんは、所謂転勤族なのだけれど、この土地と縁ができるとは考えてもいなかった。でも、そのお陰で私は友達ができたし、ふたりで美味しいものを食べにも行った。ここから足を延ばして観光に出かけることもあったし、アレコレと思い出してみると懐かしく感じることが多い。
そんな思いを抱きながら、がらんとした部屋を後にして自宅へ向かった。


夜…
ご飯を食べたら、睡魔が襲ってきた。何だか、ホッとしたせいだろう。

5年前に購入した我が家だけれど、やっと主が帰ってきた。
長い間一人の時間が多かったので、気ままに過ごしていたので、以前の生活リズムに戻るまでが少し大変かも…と心配にもなっている。

でも、やっぱりKenさんとふたりで過ごす時間が多くなることは嬉しい。

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2010年1月29日 (金)

お知らせ


拙ブログにお越しいただいている皆様へ



いつも拙い文章を読んでいただきありがとうございます m(_ _)m

HPを閉じ、このブログだけを更新するようになって以来

数少ない方に読んでいただいていましたが

最近、更新も滞っていますし、色々と思うところもあって

一旦、ブログを閉じようと思います


来月になってから、このサイトにはパスワードをかけて

閲覧できなくなるようにするつもりです

なお、気まぐれに再開するようなことがありましたら

お知らせしたいと思っていますので

その時には、またよろしくお願いいたします


突然で申し訳ありませんが、私のわがままをお許しくださいね


まだまだ寒さは続きますが

皆様、お身体ご自愛くださいますように‥

長い間、どうもありがとうございました m(_ _)m


☆☆☆ Mary ☆☆☆

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2010年1月28日 (木)

予定が‥

曇り空の何だかはっきりしないお天気だった。午後から雨の予報が出ていたけれど、お湿り程度の雨も降らなかった。


午後、友達から電話が掛かってきた。来月、英会話教室でお世話になった先生と一緒に晩ごはんを食べるお誘いが‥。そういえば昨年の2月も、先生の都合が良いからと5・6人集まってお喋りしたことを思い出した。みんな忙しいので都合の良い日を聞いて、あらためて連絡するということだった。
私も、ちょうどお誘いのメールを送ろうと思っていたので以心伝心だったかな?
午前中、いつもお邪魔しているブログで紹介されていたフランス大使館でのイベントに興味を持った。リンク先を見ると、大使館が建て替えられて、解体前の旧庁舎で日仏のアーティストが参加するイベントが行われている。曜日は限定だけれど、入場は無料だ。
ヨーロッパが大好きな友達なので、もしかしたら興味があるかも‥と思っていたのだけれど、とんとん拍子に話が決まり、来月の初めに行くことにした。場所は南麻布‥。まだ行ったことがない街なので楽しみにしている。
久しぶりに予定が重なって、ちょっと嬉しい。


このところ読んでいるブログの脇に、いくつかのグループに分かれた “ Twitter ” が表示してある。その人らしく呟いている文章を読むと面白い。
‥で、以前から興味のあったこの Twitter を、ちょっとやってみようかと思って登録した。このブログさえも更新がままならないので、この先どうなるのか分からないけれど、とりあえず未公開の状態にして様子を見ていこうと思っている。さて、いつまで続くのかな?


今月もあと3日‥。
自分が自分でないような‥そんな風に気分が乗らないまま一ヶ月が過ぎていきそうだ。

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2010年1月24日 (日)

お別れを‥

私たちが結婚式を挙げたのは、34年前の2月、雨が降る寒い日で、だんな様が26歳になったばかり、私が22歳の時だった。
自分たちの力で‥と結婚式の費用を貯め、可愛がっていただいていた支店長にお仲人を‥と思ったけれど、あいにくと花の独身生活を楽しんでいらして引き受けていただけず、「その代わりに‥」とお願いしていただいたのが、 I さんご夫妻だった。
I さんは、あと2・3年で定年を迎えられるという年齢で、私たちにとっては会社の大先輩だった。お仲人をお願いするためお宅に伺ったときに初めて会った奥様がおっとりとした素敵な方で、あの時の印象はいまでも忘れられない。

結婚の時にお世話になって以来、そう何度もお目にかかっていない。I さんが定年を迎えられ、お嬢さんたちが住んでいらっしゃる房総の海の近くへ永住されてからは、夏と冬の時期にお葉書をやり取りし、またこの数年はお電話でお話しする以外は、まったくお会いする機会がなかった。

その I さんが、今月の18日の午前中に亡くなられたと、若い頃同じ職場でご一緒したこともある三女のひでこさんから電話を頂いたのは19日の朝だった。92歳になっていらしたのだという。
最後のお別れを‥と思ったのだけれど、身内だけの家族葬を行うということで、葬儀に参列することは叶わなかった。‥とはいえ、やはり早いうちにお参りだけは済ませたい。葬儀を済ませられた頃を見計らって、お疲れとは思いつつ、「お宅に伺いたい」と電話を差し上げたら、私たちのことを覚えていてくださった次女のけいこさんが出られて、「いつでもお越しください」と言っていただいた。

そして昨日、30数年ぶりに、I さんの奥様と再会した。

すごく遠いと思っていた I さんのお宅まで車で2時間弱‥。こんなに近くに住んでいらしたのに、どうしてお元気なうちにお宅に伺わなかったのかと、もうそれだけで後悔の気持ちでいっぱいになった。昔と変わらず穏やかな微笑を浮かべている I さんの遺影にお線香をあげ、奥様の顔を見たとたんに涙が止まらなくなった。

I さんの最期の様子を話される奥様‥。昨年の11月から体調が悪くなってからは、近くの病院に訪問看護をお願いし、3人のお嬢さんはローテーションを組んで交代で介護をし、奥様は毎晩ベットの横で休まれていたのだという。
「結婚して64年、穏やかな主人と暮らして本当に幸せでした。体調を崩してからは介護を一生懸命したので思い残すことはありません」とおっしゃっていた。

残されたアルバムには、今年のお正月に家族が集まった写真がある。 I さんが休むベットの周りを囲む家族、おじいちゃんの伸びた髭を剃ってあげる孫娘‥。その写真ひとつひとつに、I さんご夫妻が作り上げてこられた幸せな家族の姿があった。また、壁にかけられたカレンダーには、自宅にこられるお嬢さん3人の予定が書き込まれていた。

あれこれと昔の思い出話をされる奥様は、86歳とはいえお元気で、お孫さんたちと連絡をとるために、携帯でメールをしたいという意欲も見せていらした。自分史も書いてみようかと考えてもいられるようで、これからの人生を有意義に過ごしたいということだった。

「結婚して64年間、穏やかな主人と暮らせて、本当に幸せでした」と何回もおっしゃる奥様の顔を心に刻み付けてお暇したのは、輝くような夕陽が沈む時間になっていた。


結婚する頃、プライベートな問題を抱えて精神的に大変な時期だった。そんな私を支えてくれたのは他でもないだんな様であり、私たちのために力を貸していただいた人たちだった。あの頃のことを思うたびに、優しくしていただいた I さんご夫妻のことを思い出していた。
でも長い間会っていなかったので、I さんが亡くなられて、これほど大きなショックを受けるとは思っていなかったので、自分でも驚いている。

I さんの奥様のように「幸せだった」と言えるように、これからのだんな様との人生をますます大事に暮らしていきたいと思っている。

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2010年1月21日 (木)

訃報‥

今週の初め、お仲人さんのお宅から電話が掛かってきた。
とはいえ、いつもの奥様の声ではなく、落ち着いた感じの女性の声だった。
「ご無沙汰しております。私、○○の娘のひでこですが‥。覚えていらっしゃいますか?」
電話の主は、お仲人をしていただいた I さんのお嬢さんで、若い頃、同じ職場で一緒に働いていたこともある ひでこさんからだった。

「昨日の朝、10時45分に亡くなりました」

昨年末、I さんの奥様と電話で話した。いつものようにお元気な声だったけれど、ご本人は体調を崩して予断を許さない状態が一ヶ月ほど続き、やっと持ち直された直後だった。ひでこさんの話では、ヘルパーさんの力を借りながら、娘4人が交替で看病していたのだという。

お二人とも高齢だし、いつかは‥と思ってはいたものの、何だか突然拳骨で殴られたようなショックで、ちゃんとしたお悔やみの言葉を述べることもできずに失礼してしまった。ひでこさんと若い頃のことなどを話していると、ついついその頃の光景が浮かんできて、優しくしていただいたことが思い出されて涙が出た。

訃報を受けて数日経ち、あの頃のことを少し書こうと思ったけれど、思い出がぐるぐると頭の中を駆け巡るだけで、言葉にならない。ただただ、結婚して34年間‥結婚した頃の気持ちを、ずっと忘れないでこられたのは、あの時にお世話になった方たちのおかげだと思っている。

I さんのご冥福をお祈りするとともに、86歳になられる奥様には、これからも元気に長生きして頂きたいと心から思っている。

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ラベルライター

昨年、プラズマテレビを買ったのは良かったが、今まで使っていたDVDレコーダーで録画ができなくなった。しばらく再生だけで楽しんではいたけれど、やはり録画しておきたい番組も多い。おまけに、デジタルで録画したDVDが観られないということに気がついた。‥ということで、年末に奮発してブルーレイレコーダーを買い求めた。
一番の目的は、WOWOWの映画を録画すること。今までもアナログの映画を録り溜めていて、それが結構な枚数になっている。そして、この1カ月でデジタルの番組も録画していると、さて、だんだんと区別するのが難しくなってきた。

‥といつものように、ここまでが前置きで‥

先日、見損なったテレビ番組を友達からDVDにダビングしてもらったのだけれど、そのディスクには、綺麗に印字されたテープが貼ってあった。いつも手書きしている私にとって、それが何ともスマートでカッコ良く思えた。区別するのが煩わしくなったわが家のディスクもあんな風にスマートに整理したいと思い始めた途端、並べられたファイルの背表紙にも、アッあれにも‥ここにも‥なんて気持ちがその方にばかり向いて、ラベルライターが欲しくなった。

そこで、またまたいつもの大型家電品店へ‥。
以前からテプラなどあるけれど、今はパソコンの時代‥。陳列してある商品は少ないかと思ったら、子供向けからビジネス用まで、結構な種類が置いてあった。パソコンを利用するものもある。

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その中からお店の人が業務用でなければ‥と勧めてくれたのが、このカシオのラベルライターだった。モデルチェンジをする前なのか使う人が少ないのか、すごくお安くなっていた。
とりあえず、アナログで録ったDVDのディスクケースの背表紙に題名を入れた。これからデジタルで録ったDVD、そして、ファイルの背表紙も張り替えたい。
ズラッと並んだケースを見て、ひとり悦に入っている。

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2010年1月 5日 (火)

以心伝心?

昨夜(深夜に‥)、友達Sさんからメールが来た。彼女とは元旦に頻繁にメールのやり取りをして、三が日が過ぎたら新年会を‥と約束していたのだけれど、それをいつにしようかというものだった。お互いに遅くまで起きているので、深夜のメール便なんていうのは結構多い。
とりあえず、もうひとりの飲み仲間Rさんに連絡をとることにして、その後すぐにRさんにお誘いのメールを送った。でもね~昨秋にメアドを変更するので連絡しますと言ったきりのRさん‥。お誘いのメールは無事に届くのだろうか。

今朝、ブログの記事を書いているときにRさんから電話があった。メールの返事かな?と思ったのだけれど‥。
新年の挨拶もそこそこにお互いに話し始めるけれど、どこか話が繋がらない。「??」と思って、改めて「昨夜メールを送りましたが‥」と言うと、来てないのだという。というよりも、パソコンは替えた後、私へのメールが送信出来ないのだという。でも、この電話は明らかに飲み会の話‥。
そう‥Rさんは私の誘いの返事の電話をしたわけではなく、彼は彼で飲み会の誘いの連絡を電話でしてきたというわけだった。道理で、どこかで話が食い違うわけだ。その後の打ち合わせは早く、10分後には5人で新年会をする事に決まっていた。
それにしても以心伝心と言うのだろうか、時を同じくして誘い合っているというのも、すごく面白いと思う。

長い間続けてきた英会話教室をやめたのは何年前になるだろうか。
大勢の年上の人達と知り合い、お喋りをし、飲み会に参加し、多くのことを学ばせてもらった。そうして、このひと回り以上も年長であるSさんやRさんと、未だに折に触れてお付き合いさせていただいて何かと甘えていられるのは、本当に幸せなことだと思う。
いつも思うけれど、こうしたお付き合いをできるだけ長く続けていきたいと思う。

なかなかチャンスがなくて会えない人がいるのだけれど、その人たちともいつか必ず‥なんて思い続けている。

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2010年1月 3日 (日)

正月3日

昨夜は、「もう寝ようか‥」という時間になってから、去年買った「Wii Fit Plus」をすることになり、あれこれ体を動かしてみては結果に一喜一憂し、結局休んだのは早朝4時だった。

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でも、以前のようにゆっくり寝ていられないお年頃‥。
午前中、お節にお雑煮そしてお屠蘇を少々頂いてから、深夜の続きをする事になり、今度は「Wii Resort Sport」のゴルフを2ラウンドしてから散歩に行くことに‥。
このゴルフ、男女の差を感じることなく、多分大人と子供の差もないのだろうけれど、充分に楽しめるのがまた良い。わが家のテレビの画面が大きくなったのも幸いして、臨場感たっぷりに楽しんでいる。日頃の練習が物を言って、今のところだんな様よりも私のスコアの方が良いので、上機嫌!‥と言って、今のうちだけ喜んでおこう。

その後、散歩に行くことにした。途中コーヒータイムを取りながら、いつもの片道40分コースを歩いた。年末年始、思いっきり食べたり飲んだりしたので、三が日が終わったら、またダイエットに励まなくては‥と思う。少しは、この散歩の効果はあるのだろうか。

今年は、例年になく年賀状の枚数が少ないように思う。
喪中の葉書を頂いた人も多かったけれど、私も「喪中かも?」と思って出さなかった人もいるけれど、新年のご挨拶をしない人も多くなったのかもしれない。日頃は疎遠にしていても、お正月の挨拶くらいは‥と思うのは、ちょっと古い考えかもしれないけれど‥。

何かと暗いニュースが多く、稀に見る不況のさなか、だんな様の仕事も大変だと思うけれど、できるだけ明るい気持ちで過ごせる一年であってほしい。
私も、何か熱中できるものを見つけたいと思っている。

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