私たちが結婚式を挙げたのは、34年前の2月、雨が降る寒い日で、だんな様が26歳になったばかり、私が22歳の時だった。
自分たちの力で‥と結婚式の費用を貯め、可愛がっていただいていた支店長にお仲人を‥と思ったけれど、あいにくと花の独身生活を楽しんでいらして引き受けていただけず、「その代わりに‥」とお願いしていただいたのが、 I さんご夫妻だった。
I さんは、あと2・3年で定年を迎えられるという年齢で、私たちにとっては会社の大先輩だった。お仲人をお願いするためお宅に伺ったときに初めて会った奥様がおっとりとした素敵な方で、あの時の印象はいまでも忘れられない。
結婚の時にお世話になって以来、そう何度もお目にかかっていない。I さんが定年を迎えられ、お嬢さんたちが住んでいらっしゃる房総の海の近くへ永住されてからは、夏と冬の時期にお葉書をやり取りし、またこの数年はお電話でお話しする以外は、まったくお会いする機会がなかった。
その I さんが、今月の18日の午前中に亡くなられたと、若い頃同じ職場でご一緒したこともある三女のひでこさんから電話を頂いたのは19日の朝だった。92歳になっていらしたのだという。
最後のお別れを‥と思ったのだけれど、身内だけの家族葬を行うということで、葬儀に参列することは叶わなかった。‥とはいえ、やはり早いうちにお参りだけは済ませたい。葬儀を済ませられた頃を見計らって、お疲れとは思いつつ、「お宅に伺いたい」と電話を差し上げたら、私たちのことを覚えていてくださった次女のけいこさんが出られて、「いつでもお越しください」と言っていただいた。
そして昨日、30数年ぶりに、I さんの奥様と再会した。
すごく遠いと思っていた I さんのお宅まで車で2時間弱‥。こんなに近くに住んでいらしたのに、どうしてお元気なうちにお宅に伺わなかったのかと、もうそれだけで後悔の気持ちでいっぱいになった。昔と変わらず穏やかな微笑を浮かべている I さんの遺影にお線香をあげ、奥様の顔を見たとたんに涙が止まらなくなった。
I さんの最期の様子を話される奥様‥。昨年の11月から体調が悪くなってからは、近くの病院に訪問看護をお願いし、3人のお嬢さんはローテーションを組んで交代で介護をし、奥様は毎晩ベットの横で休まれていたのだという。
「結婚して64年、穏やかな主人と暮らして本当に幸せでした。体調を崩してからは介護を一生懸命したので思い残すことはありません」とおっしゃっていた。
残されたアルバムには、今年のお正月に家族が集まった写真がある。 I さんが休むベットの周りを囲む家族、おじいちゃんの伸びた髭を剃ってあげる孫娘‥。その写真ひとつひとつに、I さんご夫妻が作り上げてこられた幸せな家族の姿があった。また、壁にかけられたカレンダーには、自宅にこられるお嬢さん3人の予定が書き込まれていた。
あれこれと昔の思い出話をされる奥様は、86歳とはいえお元気で、お孫さんたちと連絡をとるために、携帯でメールをしたいという意欲も見せていらした。自分史も書いてみようかと考えてもいられるようで、これからの人生を有意義に過ごしたいということだった。
「結婚して64年間、穏やかな主人と暮らせて、本当に幸せでした」と何回もおっしゃる奥様の顔を心に刻み付けてお暇したのは、輝くような夕陽が沈む時間になっていた。
結婚する頃、プライベートな問題を抱えて精神的に大変な時期だった。そんな私を支えてくれたのは他でもないだんな様であり、私たちのために力を貸していただいた人たちだった。あの頃のことを思うたびに、優しくしていただいた I さんご夫妻のことを思い出していた。
でも長い間会っていなかったので、I さんが亡くなられて、これほど大きなショックを受けるとは思っていなかったので、自分でも驚いている。
I さんの奥様のように「幸せだった」と言えるように、これからのだんな様との人生をますます大事に暮らしていきたいと思っている。
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